■短編作品
刑期を終えて出獄した語り手は、自動車修理工場の中古車販売部で運よく職を得る。要領よく立ち回り、ほどなく出世して部長となる。だがこうして経済的な安定を手にしても、彼はその憂鬱で皮肉な気質と過剰な自己意識ゆえに、表面的な幸福を享受することができない。こうして彼の人生は、強盗から逃亡へのループに陥ることになる。手持ちカメラで歩道橋をとらえる不安定な長回しとともに、淡々と語られる一人称の物語。
『ストンブリッジ・パーク』の続編。語り手は、ニースでの逃亡生活中に時流に乗り、不動産投機で財をなした。その後ビジネスの一線から退き、ロンドン北部のノーウッドに居を構えて、個人的に不動産投機を続けていた。だが、会社を譲ったビジネスパートナーの悪行が発覚。こうして、語り手までが自らの人生を棒に振ることになる。その経緯がノーウッドの風景を漂う映像とともに、一人称で回想的に語られる。
意識的かつ計画的に「放浪者」となった語り手が、ヒッチハイクと徒歩でフランスから、ベルギー、ドイツ、スイスを経て、ローマへと至る、ある種のロード・ムービー。ターナーなど、歴史的人物の足跡を意識した巡礼の旅の記録でもある。語り手は「病気」「計画」「義務」「脅威」「迷信」「鉄兜」の六つの項目について語る。その奇妙な語りは、精神世界と現実世界、人間社会の出来事と地層学的な事象とを自在に往来し、変哲のない車窓の風景を複層化してみせる。観客を意識した語りが印象的な作品。
1986年 エディンバラ国際映画祭出品作品
1988年 Channel 4で放送
「精神病院の患者」だと自己申告する語り手は、夢の中で分裂して逃げ出してしまった自分の片割れを探している。イングランド北西部を経て、ついにルイス島・ヴァルトスにある神秘的な風景にたどり着いた語り手は、その風景が自らの内面世界そのものであることを観客に明かす。イギリスの風景表象の伝統とゴシック小説のモチーフの融合による、奇妙な映画ジャンル創出の試み。『終わり』の分身的作品。
かつては「巨人だった」という語り手は、自らの誕生と地球の誕生、自らの生と人類の進化とを、パラレルかつ断片的かつ哲学的な連想で語ってみせる。その思考は、原子論的な世界観を経由し、世界における自由意志のありかを問う。なにがこの地球を、いさかいのない巨人の世界から、他者を疑い他者と奪い合う世界に変えたのか。母親の不意の妊娠と出産の決断は、偶然性の体現なのか。『空間のロビンソン』の萌芽的作品。
■長編作品
1992年1月、7年間イギリスを離れていた語り手は、友人のロビンソンに頼まれロンドンに戻る。ロビンソンはこの都市に19・20世紀のパリの残響を追い求めながら、現代ロンドンを蝕む政治的・社会的諸問題に大胆に切り込んでいく。彼の視点はどこか偏狭でもあるが、ユーモラスでもある。奇妙な二人組がシュルレアリスト的な連想術を駆使し、ブラドットの翼から1992年のイギリス総選挙にいたるまで、ロンドンの風景を切り取った一風変わったロンドン文学散歩。
1994年ミュンヘン国際映画祭最優秀賞作品
1995年春。レディングに移り住んだロビンソンから久しぶりに連絡があり、間もなく語り手はイングランドの産業問題についての調査に同行することになる。5か月にわたる大規模な調査旅行によって、二人組はイングランドの地方都市と郊外の風景に、それを形づくっている諸産業(エネルギー産業、軍事・防衛産業、自動車産業、海運、多国籍企業など)の存在をマーキングしていく。イングランドの産業構造を風景の視点から観察した秀作。
1997年ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード
※チラシでは「ロッテルダム国際映画祭最優秀作品」とありますが、正しくは「タイガー・アワード」になります。
オクスフォード近郊に放置されたトレーラーから19本のフィルム缶とノートが発見される。その持ち主はロビンソンだった。彼は地衣類から指令を受け、この地球での人間という種の生き残りの可能性について調査すべく、周辺地域の風景を記録し始めたのだという。この単独調査では、コモンでの農民蜂起の歴史と、近代以降の土地所有と産業構造の関係の変化が詳細に描出されている。美しい田園風景にはらまれた経済問題を風景をとおして考察したロビンソンによる最終研究報告。
ヴェネチア国際映画祭オフィシャル・セレクション部門出品